大判例

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東京高等裁判所 平成7年(う)250号 判決

被告人は,勤務先の同僚のN他女性1名と原判示のTt線M駅西口付近でバスを待っていたところ,近くにいた10名程度の暴走族(B)の1人から因縁をつけられたので,折り畳式のバタフライナイフ(以下「ナイフ」という。)を示して2度にわたって暴走族を追い払い,暴走族が被告人に向かって投げ捨てた長さ1メートル前後の鉄製の棒でその場にあった暴走族のバイクを叩いて壊したり,ナイフでそのタイヤを刺したり,倒したりした(なお,途中で被告人が捨てたナイフは,Nが拾って持っていた。)。その後,暴走族の先輩のTとその友人Hが通りかかり,バイクが壊されたりしているのに気付き,その場にいた被告人に問い質したところ,被告人が自分のしたことであることを認めたので,怒ったTが被告人の胸倉を掴んで倒して馬乗りのような状態で数回殴り付け,続いてHが数回殴り付けたり,襟首を掴んでゆすったりして,2人で一方的に被告人に暴行を加えた後,付近に駐車させていた2ドアタイプの普通乗用自動車助手席後部座席にHが被告人を蹴るなどして無理やり乗せた。NもHに殴られるなどして運転席後部座席に乗車させられた。

2 犯行の外形的状況

車が発車して被告人の認識でも約1キロメートル(実際は約780メートル)進んだ地点で,Tが道路右側の店で煙草を買うため下車した。運転席のHが,被告人の方を向いて当日の用件等を聞いたりした後,前方に顔を向けたとき,被告人は,車内で予めNから交付を受けて,鞘から出していたナイフを刃を下向きにして右手に持って,Hの左斜め後方からまっすぐに突き出して,約5,60センチメートルしか離れていない位置にいた同人の左頸部を突き刺した。

3 (中略)

4 前記事情に照らすと,被告人らは車でいずれかの場所へ移動させられる途中にあり,Tが車外に去っていたとはいえ,短時間で戻ることは確実であり,しかも車内にはHが残っていたから,被告人らがHらに監禁されていたことは明らかである。したがって,被告人には現在の危険があったといえる。そして,この監禁行為は,仮に,Hらにバイクの修理代について被告人と話し合う意図もあったとしても,違法であることは明らかであるから,被告人には急迫不正な侵害があったといえる(なお,当審検察官は,被告人がHらから身体・行動の自由を侵害されていたことを認めながら,犯行当時は停車中であって,走行中に比べて緊張感,切迫感が激減し,脱出の可能性が極めて大であったから,侵害の程度は極端に低く,防衛行為を許される「侵害」には当たらないと主張するが,被告人が犯行時に受けていた監禁の状況は,Tが車外に去ったことで逃走できる可能性が高まったこと以外には走行時と大差はないと認めるのが相当であるから,検察官の右主張は失当である。)。また,被告人が,監禁状態から脱出するために,殺人未遂の犯行に出たことは証拠上明らかであるから,被告人は防衛の意思をもって反撃行為をしたといえる。しかし,人の頸部をナイフで刺す行為はその生命を奪う危険性の高い行為であり,現にHは瀕死の重傷を負っていること,被告人は,前記のような心境にあり,場所的,時間的に限定された状況下で防衛行為に出ざるを得なかったとしても,当時,本件のような態様の刺突行為より実質的に危険の小さい代替手段は他にあり得たことを考慮すると,被告人の行為は,監禁という侵害に対する防衛行為としては相当性の程度を超えたものであると認められる。したがって,本件において,被告人には過剰防衛が成立する。

ところで,原判決は,被告人に過剰防衛が成立するとは特段判示していないところ,その宣告刑からすれば,原判決は,被告人に過剰防衛の成立を認めながら,刑の減免を行う必要がない場合であるとしてこれを判示しなかったと解する余地もないではない。しかし,実務上は,そのような場合であっても過剰防衛に該当することを判示することが望ましいとされているところであり,このことを念頭におき原判決をみると,防衛行為の成立に積極的と解される余地のある事実の説示もみられるが,他方では,消極的と解される余地のある説示もみられることにかんがみると,原判決は,被告人について前記過剰防衛が成立するとまでは認定していなかったものと解される。そうすると,原判決にはこの点につき事実の誤認があるというべきである。

しかし,原判決も指摘している本件の量刑事情,殊に,本件の量刑上重要な意味を持つ殺人未遂の行為は,未遂に終わっているとはいえ,凶器を用い,被害者の一瞬の隙に乗じて身体の枢要部を刺突して瀕死の重傷を負わせた悪質な事案であること,原判決は,過剰防衛を認めているとは解されないものの前記のとおりHらの行為及び被告人の犯行の動機につき,その成立に積極に働く事情を量刑上考慮していると認められ,実際の量刑も検察官の懲役5年の求刑に対し,原審の未決勾留日数中の大半である200日を算入したうえで処断刑の最下限である懲役3年に処していることなどからすると,原審として,進んで被告人につき過剰防衛の成立を認めたとしても,裁量による刑の減軽を行い右懲役3年以下の刑を言い渡したとまでは認められない。すなわち,原判決の前記事実誤認はいまだ判決に影響を及ぼすことが明らかであるとは認められず,論旨は結局理由がないことに帰する。

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